今回の主役:登校拒否・不登校を考える全国ネットワーク 共同代表/フリースペースつなぎ代表 中村みちよさん

みなさん、こんにちは。登校拒否・不登校を考える全国ネットワーク事務局です。いつも活動への応援・ご協力をいただきありがとうございます!

2026年3月より新しく、インタビュー企画を始めます。

これをご覧のみなさんの中には

  • 「親の会」をやってみたいけど、どう始めたらいいんだろう
  • 私も、子どもの不登校を経験した一人の親として何か活動したい。でも何をしたらいいの?
  • 親の会、はじめてみたけど、うまくいかない。誰かに相談したい。

そんなことを思っていらっしゃる方もいるのではないでしょうか。
今回のインタビュー企画では、そんなお悩みを持つみなさんにとって、少しでもヒントになるような情報をお届けします!

この企画では、不登校親の会を運営する先輩方にお話を伺います。

今回は第1弾、宮城県気仙沼市でフリースクールと親の会を運営する、中村みちよさんです。

3.11東日本大震災と娘の不登校 はじまった第2の人生

「助けてもらった」から、今度は「誰かを支えたい」

私は今、気仙沼で「フリースペースつなぎ」という居場所と親の会を運営しています。もうすぐ13年になりますが、ここにたどり着くまでにはいろいろな出来事がありました。

 大きなきっかけは 2011年に起こった3・11の大震災です。あの日、気仙沼の街は壊滅的な被害を受けました。混乱の中で当時小学生だった娘は中学校から学校に行けなくなりました。当時は本当にどうしたらいいのかわからず、まるで暗いトンネルの中にいるようでした。

  今のようにネットで調べることもできなかったし、相談できる場所もほとんどありませんでした。私は元教員で同僚の学校の先生たちは心配してくれましたが「そのうち行けるようになるよ」と言われましたが、余計に孤独が深まっていくようでした。

朝登校している子どもたちを見ると胸が苦しくなりました

 当時も”親の会”はありましたが、地元の“親の会”は震災で休止状態。藁にもすがる思いで出かけた先が高知県で行われる「登校拒否・不登校を考える全国大会」でした。

 申し込んだのは1週間前。飛行機もなかなか取れなくて大阪で乗り換えて1日がかりで娘と一緒に参加しました。そこで出会ったのは同じ思いをしたたくさんのお母さんたち、そしてなんと言っても不登校になっても元気に走り回る子どもたちの笑顔がそこにありました。暗いトンネルの中に一筋の光が見えたようでした。

 地元の親の会が再開して私は月に一度、その親の会に通うようになりました。話を聞くだけで救われることがある。泣いて、笑って、また少し元気になる。そんな体験を重ねるうちに、「私も、誰かの支えになりたい」と思うようになったんです。

震災が教えてくれた「つながる力」

 避難所や仮設住宅で出会った子どもたちの中には、心に深い傷を負っている子、学校に行けなくなった子もたくさんいました。自分の経験と重なりました。

「この子たちに、安心して過ごせる場所をつくりたい」

 そう強く思いました。それが、フリースペースつなぎ(フリースクール)を始めるきっかけでした。

 当時は震災のおかげでみんな家が流されて、アパートなど借りる場所がありませんでした。自宅を開放しながら月1回からスタート。私の母が震災の影響もあったためか病気になり、介護しながら年の半分は仙台の病院に付き添いました。そして清水の舞台から飛び降りるような気持ちで教員を退職し、居場所を本格的に始めることにしました。母は今ではだいぶ元気になり、子どもたちのことも見守ってくれています。

 居場所で大事にしているのは子どもたちが元気になること。「学校に行けなくてもいい」「ここではあなたのままでいい」そんな場所をつくりたい。それだけを思って続けてきました。

 あの震災が教えてくれたのは、人はひとりでは生きられないということ。たくさんの全国の方々が応援してくれました。その支えとつながりがあるからやってこれた。誰かと“つながることで、心の灯がともります。

だから、私はこれからも“つながり”をつくり続けていきたいと思っています。

泣いて、笑って、また少し進む

 親の会では 最初の1時間ずっと泣き続け、言葉にならない思いを全部吐き出してくれるお母さんたちの姿がたくさん見えます。最後には、ほっとして笑顔になって帰られます。親の会って、誰かが答えを教えてくれる場所じゃないんです。ただ“話していい”“泣いていい”“笑っていい”。そんなふうに心を開ける場所なんです。

 私はいつも「親の会は駆け込み寺」だとお話しています。胸の中のもやもやを外に出すと、空気が入れ替わる。泣いたり笑ったりしているうちに、また明日を生きる力が湧いてくる。一度や二度で何かが劇的に変わるわけではありません。でも、「今日はちょっと話せた」「あの人の笑顔に救われた」そう感じられるだけで、少しずつ風向きが変わっていくんです。

支えられる側から、支える側へ

 親の会に通っていると、いつの間にか“支えられる側”から“支える側”へと変わっていく方がいます。最初は泣いてばかりだったお母さんが今度は「大丈夫だよ」「焦らなくていいよ」と声をかける側になる。

 自分の子どもがまだ完全に元気になったわけじゃなくても、“あの頃の自分”に向かって話すように、今つらいお母さんを励ますんです。その言葉には、経験の重みがあります。本や専門家の話よりも、ずっと心に響くんです。

「私も通ってきた道だよ」その一言が、人の心を支える。それが、親の会のいちばんのあたたかさだと思います。

一歩を踏み出す勇気を

 「親の会をやってみたいけど、自分にできるかな」そう感じている方も多いと思います。

 完璧にやる必要なんてありません。お茶を飲みながら数人で話すだけでも、それがもう“親の会”です。私も最初はそうでした。うまくいかないこともあったけれど、“誰かと話せる場所がある”というだけで救われた人がたくさんいました。立ち上げのときには、講演会やシンポジウムを始めの一歩にするのもいいと思います。

 「登校拒否・不登校を考える全国ネットワーク」のホームページには、全国にいる仲間や先輩たちの情報が載っています。声をかければ、みんな喜んで力を貸してくれます。“つながる”というのは、本当に心強いことです。誰かの笑顔や言葉が、次の誰かを支えていく。だから、もし少しでも「やってみようかな」と思えたなら、それがもう最初の一歩です。

人は支え合って生きていく

 人は支え合って生きていくもの。でも今の社会は、どうしても「親の責任」にされがちで、親も子も孤立してしまいやすい。だからこそ、親の会のような“つながりの場”が必要なんだと思います。

 泣いてもいい。笑ってもいい。参加する他の人の話を聴くだけでもいい。そんな場所があるだけで、人は少しずつ元気になれるんです。私は、これからも人と人をつなぐ場をつくっていきたいと思っています。「ひとりじゃない」そう思える場所を、これからも




あとがき

 最後までご覧いただき、ありがとうございました! 震災と子どもの不登校から、たくさんの苦しい思いをしてこられた中村さん。多くの人の支えによって、今の活動があることがわかりました。ただ話す、笑う、泣く、それだけでいい。この言葉が中村さんの人としてのあたたかさを感じさせたように思いました。

もし宮城県にお住まいの方でご関心のある方がいらっしゃいましたら、ぜひ詳細はホームページからご覧になってみてください。

一般社団法人フリースペースつなぎ

 また、NPO法人登校拒否・不登校を考える全国ネットワークでは、会員を募集中です。会員になると、親の会運営者との交流や学びの場などにご参加いただけます。こうした活動は、横のつながりが大切です。ぜひ一緒に、不登校で孤立する親子の支えになっていきましょう。